井上ジョー "Onigili Burger"

いやぁつらいなぁ...。

 

2021/04/10 にリリースされたこの曲。Lo-Fi ヒップホップを思わせる聴き心地のよいトラックにのせて歌われるのは、自身が受けてきたアジア人差別の体験です。

 

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歌詞はこちらから。

 

 

上の説明動画で語られた閃輝暗点とのせめぎあいはこのツイートからもうかがえます。その三日後、楽曲は無事にリリースされました。

 

 

人種差別は現在かなりホットなトピックです。政治に留まらずスポーツ界や演劇界でも語られる重要な問題です。

昨今、Black Lives Matter 運動やコロナ禍の混乱によって、アジア人差別に対する意識が高まってきています。日系アメリカ人であるジョーさんはその当事者として35年間生きてきました。ジョーさんにとって人種差別は(悲しいことに)もはやライフワークとなっていて、実際たくさんの動画で語られてきています。アジアの血はアメリカ国内だけではなく旅先でも軽んじられ、ジョーさんが心を痛める原因となっています。

 

とはいえ、考えてみると、ジョーさんは日本人としての人生を歩んでいたらという if をあまり口にしないような気がします。もしかしたら一度もないかもしれません。

日本の国籍法から言って、日本人の両親から生まれてきたジョーさんには日本国籍を持つ資格があります。生まれた場所に関係なく、親が日本国籍を持っていれば子も日本国籍を持てるからです。一方、アメリカの国籍法はアメリカ国内で生まれた人にアメリカ国籍を与えます。なので、アメリカで生まれたジョーさんにはアメリカ国籍を持つ資格もあります。ヨーロッパなどで生まれていれば二重国籍を持つことも考えたかもしれませんが、アメリカも日本も多重国籍には肯定的ではありません。ジョーさんは日系アメリカ人になることを選択しました。

ジョーさんにとって、日系アメリカ人という立場は(そのせいだけでつらい思いをする場合だってあるのに)捨て去りたい出自などではない、ということなのでしょう。自らのルーツであるアジアの血を尊重しつつ、生まれ育ったアメリカという環境にも背を向けないという姿勢は、ジョーさんにとって至極自然なのかもしれません。

 

歌詞について見ていきましょう。

一番では、自らの半生とともに人種差別の体験を歌っています。動画では頻繁に登場するテーマですが、こうして改めて文字に起こされるとかなりずしっと来ます。"We are One" の歌詞とも通じる部分がありますね。

一方、二番ではそうした経験から生まれた人生観、そして目標について歌っています。現代人は対立する二項のどちらかのサイドに自身を当てはめて、属する片方からの意見をぶつけることに慣れきっていますが、ジョーさんは両方の意見が心からわかるんです。いっそ声高に自身の理不尽を叫んでしまえば楽かもしれませんが、どちらの見方も理解できてしまうんです。一番つらい立場かもしれません。

だから、ジョーさんはミキサーではなく架け橋となろうとしているんです。対立する二項が交わらないことを事実として受け入れ、交われなくてもいいからせめてその間を取り持つ努力をしているんです。異なる価値観の発信だったり、異なる言語を学んでいったりしながら、ある文化集団に吸収され過ぎることなく我を持ち続けること。そして、彼らを繋げること。こうした挑戦をジョーさんはしているわけです。

 

曲を通して印象的なのは、ジョーさんは怒ってないんですよね。一種のあきらめというか疲れというか。もしくは、人種が問題じゃなく誰とでも楽しめたあの日々のことを思い浮かべて、大人になった今でもそれはできるはずなのに、という悲しみすら覚えているのかもしれません。

 

ジャケ写がかなりアーティスティックですね。いろんな観点から見てみましょうか。

ジョーさんのジャケットの中では自身の頭部アップが採用されたものは結構ありますが、たいていは「僕が歌っています」ということを示す以外に重大な意味は込められていないと思います。ですが、このジャケットでは深い意味が込められているように感じました。自らの顔を、アジアのルーツを示す記号として使っているんです。人種を推し量る際にカギとなるのは、肌の色や髪の癖や顔の形など主にビジュアルな部分です。多くのアメリカ人と文化的背景を共有しているジョーさんをなおアジア人たらしめているのは、大なり小なりそのお顔なんですよね。こうした構図を改めてリスナーに考えさせることができる、見事な芸術作品です。

顔のところどころを背景と同色にしているのも、顔としてよりも記号として認識させることに役立つのと同時に、ボロボロになった心を暗示しているようです。その背景色にも白や黒ではなく、特定の人種とは結び付けられないグレーを採用しているのが興味深いですね。

目は閉じ気味で下を向いているように見えますので、何か思索にふけっているんでしょうかね。これも、自分の中のアメリカらしさを打ち出すのではなくて、落ち着いた「静」のアジアを打ち出した結果ではないでしょうか。

 

ここで、ちょっとしたトリビアを。

タイトルにもなっている「おにぎりバーガー」というのは自己参照だったりもします。 'ME! ME! ME!' の歌詞カードを開くと、星条旗が刺さったハンバーガーと日の丸が掲げられたおにぎりが描かれているんですね。また、この曲のリリースは冒頭でもお伝えしたように2021/04/10なんですが、'ME! ME! ME!' のリリースは2009/04/08ということで、12年と二日前なんですね。偶然の一致なのか意識してのことなのかはわかりませんが、悠久の時を経て点と点がつながった印象です。少なくとも、マックやモスのご飯バーガーの事ではないのは確かです。

 

最後に、タイトルを Onigiri じゃなくて Onigili にしてるのも、ジョーさんらしいこだわりを感じますね。

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