井上ジョー "Joepanglish (Fuwa Fuwa Version)"
新たな言語、爆誕。
この曲は、2018年のアルバム "Wet and Dry" に収録されています。この「言語」はこれまでも動画のトピックになっていたり他の楽曲でも使われていたりしていますが、 こちらは改めて背景を整理する曲となっています。
Joepanglish というのは お分かりの通り "Joe / Japanese / English" を意味します。日本語と英語がジョーさんの頭の中でミックスされたものなんですね。簡単な特徴としては
① 文法や伝えたい内容は日本語
② 響きは英語
ということです。英単語(や英語らしい響き)を使って日本語を話す感覚です。カタコトとは違います。カタコトというのは日本語の音韻体系に慣れない人が日本語を話そうとしている状態であって、練習すればどんどん日本語に近づいていけます。Joepanglish の方は、(文法書などはないので究極的な正解はありませんが)突き詰めていっても日本語にはなりません。
音声的な特徴で言うと、① 母音 a の後ろに r が入りやすい ② 母音 e が i の音になりやすい ③ 特に文末での母音の脱落 ということがあるでしょうか。まぁつまりは英語らしい響きということですよね。また、あいさつなど基本的なものに関してはきちんと単語が存在しますが、そうでないものに関してはかなり即興性が高いと言えるでしょう。
正書法には二種類あって、ローマ字と日本語で書かれます。ローマ字で書かれているときはそのままでは意味がわからず、発音してみて意味が分かるかどうか、という感じだと思います。日本語で書かれた場合には意味は明確ですが、発音は日本語通りではありません。楽曲に使用される場合は基本的に日本語で書かれるので、どの単語がどのように発音されているのかローマ字で書き表すことは難しいです。
ちなみに、亜種としては Joemanian や Joetaliano というものもあります。
この楽曲は、語り中心で6分間にわたって Joepanglish をおさらいしていくものです。あまり音楽らしい音楽ではないんですが、サビはきっちりキャッチーな辺りよく考えられてますよね。
ここでちょっとした英語豆知識をば。「英語話せるの?」と聞きたいとき、なんと聞けばいいでしょうか。"Do you speak English?"「あなたは英語を話しますか?」です。「話せる?」だから可能を表す can を使うのかな、と思ってしまいがちですが、can を使うと「あなたに英語を話す能力があるんですか?」というちょっとバカにしたような響きになるそうです。曲中に "Can you speak English?" とバカにされた、というくだりがありますが、これはまさにすごくバカにされている表現なんですね。
Joepanglish の成立過程についてはご自身がいろいろな場面で解説されているので、ここではジョーさんの楽曲に限定してその歴史を振り返ってみましょう。
その成り立ちの古さとは裏腹に、最初に Joepanglish が楽曲の中で使用されたのは同アルバム収録の何曲かということでかなり最近なんです。2017年の 'Hats On! Tunes' でも複数トラックで Joepanglish Style!!! と高らかに宣言してはいますが、曲の中で使っているという印象はありません。"Midnight Escape" "Look Around" "Solonsen" のほか、最近では "Kyoto" でも最後に使われています。つまり、Joepanglish が使われた曲というのは 'Wet and Dry' 収録の4曲 & "Kyoto" しかないんですね。意外です。
最近ではヒップホップ系のトラックも増えてラップが聴ける機会も増えていますが、英語と日本語を混ぜて使ってはいるものの Joepanglish は使われていません。韻を踏む、または曲全体としてみたときに多言語キメラにならないようにする、といった目的でお互いに響きを似せていることはありますが、単語はあくまでその単語の意味で使われているからです。英語が英語の意味をきちんと持っているとき、それはふつうに英語ですからね。とはいえ、判定はかなり難しいところです。
ジョーさんが言語系の話をしているのを見るたびに、「この人は言語学者になっていたらとんでもないことになっていただろうなぁ」といつも思います。ジョーさんが感覚で習得してきた各言語の構造というのは学問的にも説明がなされてきたものであって、何も適当にそれらしさを演出しているわけではないんです。
その言語に特徴的な子音の音(フランス語やトルコ語の R の音など)を抑えるのは基本的なことですが、弁別のない子音をきちんと把握していたりするんです。例えば韓国語にはザ行の音が存在しないので、韓国語母語話者はザの音とジャの音を区別するのに苦労する、というのは有名な話です。日本語母語話者が sea と she の区別に苦労を感じるのと同じことですね(この発音の区別は比較的簡単な方ですが、カタカナに直した時には同じ表記になってしまいます。これが、弁別がないということの意味です)。
とまぁ、言語学を勉強していくと、ジョーさんのモノマネがどういう根拠で為されているのかが見えてきたりするわけです。となると逆に、ほぼ独学でここまでやってきたジョーさんが学問的な面からこうしたことを学んでいたとしたら、これはもう恐ろしいことになっていたでしょうね。
ジョーさんはさまざまなチャンネルで Joepanglish について語っているので、まとめて再生リストを作りました。
そして、こちらは Best of Anime 2015 でお披露目された "Joepanglish" のライブ映像です。きちんとバックコーラスもついていて完成された音源のように感じられますが、'Wet and Dry' に収録された音源とは別のもので、正式なリリースはまだです。
あまり音声も良くないので全貌はわかりませんね。ただ、この楽曲がフワフワ版となっているのを考えると、当然フワフワしていない版もあるはずです。この曲がそれにあたるとは思えませんが、いつかこちらもリリースされるときが来るのでしょうか。