井上ジョー "H.S.G. (Home Security Guard)"

自宅警備員

 

この曲は、2017年のアルバム ’Salvage Demo Session #1’ の13曲目に収録されているものです。諸般の事情でデモ集という形に近くなってしまった本作に収録されてはいますが、おそらくこの曲に関して言えば完成形と言ってもいいでしょう。

 

舞台は現代日本ですが、お父さんとお婆ちゃんは昭和感があります。頑固親父と たくましいばあばですね。

井上ジョーさんはアメリカ生まれアメリカ育ちの日系人なわけですが、ジャパニーズカルチャーと言っても過言ではない「自宅警備員」について歌っています。自宅警備員というのは定職に就かず家にこもっている人たちの自称ですね。ネット発祥だと思いますが、わりと広まった単語ではないでしょうか。ちなみに、英語で “home security guard ” と検索しても、いわゆるニートとしての用法はそこまで定着してはいないようです。

ジョーさんは日本文化に「かなり」造詣が深いわけですが、自宅警備員という単語からこういうストーリーを切り出してくるというのが面白いですね。こういう、ある文化圏に特有の新語についての曲を作るときって二つやり方があると思うんです。一つは、その言葉をはじめて聞いたときの第一印象から想像を膨らませて曲を作る方法。もう一つは、しっかりその言葉について研究した上で、曲を作る方法。前者は言葉から受ける印象だけを材料に作曲するので、その言葉の持つギャップが明確に浮き出て面白くなります(個人的には私が初見で「自宅警備員」という字面から受ける印象を聞かれたら、セコムの新しい個人向けサービスか何かでしょうかね。ここから作れるのはいい曲というよりCMソングでしょうけど)。後者の場合、文化を発信する側面が強くなると思います。ジョーさんは以前にも、インドネシア語で “Om Telolet Om” という曲を作っています(このフレーズ、翻訳すると「おじさん、クラクション鳴らして」。車にこう呼び掛けてクラクションを鳴らしてもらうというインドネシアの子供の遊び。2016年12月21日にセレブが一斉にツイートし、世界的に流行った。なお、ジョーさんはこの曲を2016年12月22日にシングルとしてリリースしています。トレンドへの嗅覚がすごい)。この曲は後者のパターンでしょう。世界で起きていることをリアルタイムで発信できるっていうこと、実は恵まれてることかもしれません。多言語話者であり誤解を恐れず言えばフリーランスのアーティストである井上ジョーにしかできない仕事かもしれません。

自宅警備員という言葉が肯定的な意味を持つのかはわからないところではあります。引きこもりとかニートとかいう「蔑称」に対して自己弁護的に生まれた言葉だと思います。しかし、自宅警備員という単語がそこそこ広い世代に通じるところとなった今では、正当化というより何とかの遠吠えに近くなっているようにも思えます。そんな中で、この曲は大袈裟に言えばそんな人たちへのアンセムになりうるんじゃないかと思います。お婆ちゃんからすれば取るに足らないゴキブリとエアガンで格闘する、こんな日々が必ずしも彼らの実態だなんてことはありません。しかし、そういった日々を自宅警備員の使命として少し誇りと思ってすらいそうに描き出しているところに、彼らへの一抹の共感と愛を感じます。しかも、H.S.G. なんてアメリカナイズされて言われると「なんかかっこいい」ってなるのは逆輸入のなせる技ですかね。にわかにエアガンが説得力を増してくるという。

ところどころでサイレンのような音が鳴っていますが、緊迫感と警備員感と盛り上がってくる感とが一緒になってて私は好きです。

二番から始まる怒濤の韻踏みタイムがこの歌のハイライトでしょう。熟語で攻めたと思ったら今度は十八番の日英異言語間ライム。援護と and Go なんてニクいですよね。ここが鮮やかすぎて、そこから少し冗長な感じがしてしまうのが璧に瑕です。

 

ジョーさんもかつて引きこもりを経験したそうで、その時の体験はさまざまな動画で語られています。

 


アメリカ人が引きこもった時の話

 


アメリカ人が引きこもった話 Pt. 2 (食事と冷蔵庫)

 


ひきこもりが暴走して一人漫才

 

この曲と関連する部分は少ないように感じますが、ラジオ感覚で聞ける長尺の動画です。うぅむ繊細ですねぇ。